我々は「農学」をこのように提言する |
近年、産業としての「農業」の逼塞状況から、農学に対して展望を見失いがちである。しかし、農業を広く「生物産業」とみなし、農学の一面を「生命科学」と見れば、21世紀における農学は人類の生存と活動に直接関わる「総合科学」として医学、理学、工学などの他分野と同等以上に高度な学問的水準と環境が整備されなければならない。
従って、農学研究および教育水準の維持・向上は、国の命運にも関わる最重要課題であり、教育・研究環境の充実と優秀な学生の確保・育成には、最大かつ継続的な努力と投資が必要不可欠である。
(2)益々増大する人材需要への対応
「農学」は単なる理論ではなく、大勢の人材を必要とする実践科学である。食料問題にしても、環境問題にしても、その解決のためには一般社会の予想を超える人数を必要とする。教育・医療・福祉などと同列の社会ファンダメンタルズとして、人員の確保が必要である。しかも、21世紀の社会では、食料・環境分野での人材需要が益々増大するものと予測される。これらの人材の育成には、技術の伝承を要するので、長い年月を必要とする。
21世紀に入り、こうした人材需要の増大に対して、早急に農学の教育・研究設備を拡充することのみならず、農学教育と研究を支える教官、技官、事務官などの人材の充実を図ることが必要である。
(3)フィールド科学の必要性と条件整備
19世紀以来の理論科学、実験科学の強化に加え、これらの科学方法論では律しきれないフィールド科学の確立がますます高まっている。すなわち、地球規模での食料問題と環境問題の克服のためには、陸圏、水圏、気圏の相互関連・物質循環を解明する必要があり、また、野外あるいは現地での実習・実験を通した教育・研究によってはじめて豊かな人間性を持った人材を育てることが可能ともなり、フィールドでの農学の研究・教育の一層の充実が重要性を増してくる。農学系学部では附属農場、附属演習林、附属練習船、附属水産実験所などが設置され、これらの施設を活用した活発な研究を図ってきた。
今後は、これらの既存の教育研究施設の拡充・整備に加えて、新たな施設・設備の拡充により、フィールド科学としての農学の発展のための条件整備が強く求められている。
(4)大型プロジェクトと共同研究
農学は21世紀において、基礎的・先導的科学技術としてのライフサイエンスや海洋科学、人類の共存のための科学技術として、食料等の持続的生産、地球環境の保全、資源のリサイクル、健康の維持・増進などの分野で、学際的な大型プロジェクトによる共同研究を担っていかなければならない。そのためには、積極的にプロジェクトを提起し、大学・学部の枠組みを越えた他の研究機関等との協力・共同の時限付の組織を組み、課題を集中的に解決する機構を新設する必要がある。こうした組織には、研究費のみではなく研究に専念できる研究者の流動化も保障し、プロジェクト研究の活性化を図ることが重要である。
(5)農学の研究・教育における国際協力・国際貢献
今後農学系の学部・大学院の卒業・修了者の進路はさらに多様化し、国際社会で活躍する場が拡大するものと考えられる。また、これまでの実績から、農学系の学部には発展途上国からの留学生も多く、留学生教育における貢献度は極めて高い。今後はさらにその責務を果たす必要があろう。さらには、海外に研究拠点を設け、現地との協力・共同によって教育・研究を継続的に進めることも重要であり、そのためには、海外研究所の設置、附属練習船・調査船の洋上研究所としての活用や人材派遣の円滑化などが必須である。このように農学の教育・研究における国際協力・国際貢献のために必要な教育研究施設の拡充・整備が21世紀において、一層重要視されるべきである。
(6)農学の教育レベルの国際水準化を
学位取得資格の国際的な調和に対応できるように農学教育の国際水準化が必要である。工学教育および、農学の一部は既にJABEE対応を決めているが、農学のその他の分野においても、充実した教育体制を確保する必要がある。特に、獣医学に於いては、既に北米とヨーロッパ・オセアニアが教育基準を統一し、大規模な獣医学教育施設と充実した獣医学教育を実現しており、隣国の韓国でも9ある国立大学獣医学教育組織を3校に併合する計画を打ち出している。我が国も、個々の獣医学科の拡充が困難な場合は、合併等により、充実した獣医学教育の拠点を作るべきである。
獣医学に限らず、農学の各分野において国際水準の教育を実施することは、我々農学系学部長の果たすべき責任の一つである。